Vol.1 海辺の町から山に移住。自給自足に近い暮らしを目指して

はじめまして。

2020年春から、長野県飯山市で新生活を送る尾日向梨沙です。

原点はファミリースキー。当時のホームゲレンデは万座。スキーは5歳から始める

東京で生まれ育ち、20~30代は神奈川県藤沢市に居住。海が近く心地よい暮らしでしたが、いつかは雪国に暮らしたいという夢がありました。その一番のバッググラウンドはスキー。両親がスキー好きだったため、幼少期から毎年冬は家族でスキーに出かけていました。湯沢や万座、妙高など、時には親戚一同だったり、父の仲間たちも一緒だったり、大人に混ざって遊んだ各地での体験は色濃く心に刻まれています。

大学生になると、スキーサークルに所属しました。冬の間は、白馬乗鞍のロッジに居候し、宿の手伝いをしながらスキーの練習に明け暮れる日々。この時雪国の生活を垣間見れたことも、今の自分に繋がる大きな体験だったのだと思います。

22歳からスキーの専門誌を発行する出版社でアルバイトを始めました。子供の頃から雑誌の編集者になりたかった私にとって、出版社での仕事、ましてや大好きなスキーに携わる仕事は、願ってもないこと。シーズン中は、仕事であちこちの雪山へ取材に出かけ、第一線で活躍するスキーヤーやカメラマンたちから多くのことを学びます。

カナダでヘリスキーの取材。海外取材も多く視野が大きく広がる。Photo: Yoichi Watanabe

ちょうどバックカントリースキーという、スキー場ではない雪山を自分の足で登って滑るスタイルが流行り始めた頃で、新雪好きだった私はすぐにバックカントリーの虜になりました。仕事と遊びの境などなく、シーズン中はとにかくパウダースノーを追い求めて、全国各地へと動き回る人生の始まりです。

その代わり、冬に取材したものはオフシーズンにまとめなければならない。多忙期は徹夜は当たり前で、会社の近くの銭湯に通いながら何連泊もしたり、床に段ボールを敷いて仮眠したり、自分の暮らしなんてあったものではありません。一年の半分くらいは家に帰らず、食事は外食かコンビニで、自炊など皆無でした。

雪国での自然エネルギーや、自然と共存する人々の暮らしを紹介しているStuben Magazine

2015年に独立し、北海道ニセコの写真家・渡辺洋一さんとともに、『Stuben Magazine』というスノーカルチャー誌を創刊しました。スキーにも様々なジャンルがありますが、メディアで多く紹介されるのは、スキーの技術、道具、ゲレンデ情報など。私たちは、なかなか広く発信されることはないけれども、良いストーリーがたくさん眠っている、スキーの歴史や文化、雪国の暮らしに着目しました。

Stubenの取材を続けるなかで、雪国の暮らしはなんて豊かなんだろうという“気づき”がたくさんありました。冬の間、多く降り積もる雪は、春には山の養分を伴って田畑を潤し、美味しい農作物を作る。豊かな水や山の幸を享受し、自然と寄り添う暮らし。厳しい自然環境のなかで助け合いながら生きる人々はたくましく、温かい。そして日常のなかにスキーがある。

そんなライフスタイルを知る度に、自分の暮らしはどうだろうか、と見つめ直すようになりました。東日本大震災や原発事故、度重なる自然災害、雪不足などの異常気象も、自分の生き方を考える背景にあったのだと思います。

夏、自宅ではできるだけ使わないようにしていたエアコンも、都会では当然どこに行ってもキンキンに冷やされているし、街中には使い捨てのカップや過剰包装が溢れ、緑の残る空き地には気づけば高層マンションが建ち、夜遅くまで電気を使う、利便性ばかり求めた都会的な光景に違和感を感じるようになってきました。

そして20代の頃からなんとなく憧れていた自給自足に近い暮らし。

どんなに微力でも、自己満足でも、私は地球への負荷を少しでも配慮して人間らしい暮らしを送りたい。そんな思いは強くなるばかりでした。

2018年の冬。雪深い飯山で空き家を見て回る

毎日スキーができる環境を夢見てきた単純な理由に加え、都会が苦手なパートナーとの意見の合致もあり、移住計画はだんだん現実味を帯びるようになりました。冬、スキーに出かけるついでに、移住を意識して候補地選び、そして家探しをするようになって2年。

中古住宅を探していたけれど、なかなか理想の家には出会えずに、たまたま素晴らしいロケーションの土地にめぐりあい、家を建てることに! この辺りはもう勢い以外の何物でもなく、自分たちでできるところは自分たちで作る!というハーフビルド形式で、地元の工務店に相談しながら家づくりがスタートしたのでした。

飯山ののどかな里山の風景に心洗われて

さて前置きが長くなりましたが、そんなわけでついに2020年の春から長野県飯山市での生活が始まります。なぜ飯山を選んだか、というお話は次回に書きたいと思います。

外壁材の余りを切って収納スペースに貼る
室内の壁は全て自分たちで珪藻土塗り

新型コロナウイルスによる外出自粛期間中は、幸いにも家づくり真っ最中だったために、毎日壁を塗ったり、棚を作ったりと、あっという間に過ぎて行きました。いつが完成!ということもなく、作り続ける家になりそうですが、雪が溶けるとともに、畑での自家菜園も始まり、いよいよ夢の自給自足に近い暮らしが始まりました。

家を建てる時、できるだけ自然素材を使う、長野県の木材を使う、高気密高断熱で無駄なエネルギーを使わないなど、環境への配慮も考えながら部材を選択していきましたが、電力の自給までは手が回らずにいました。湘南の家では、電力自由化で再生可能エネルギーをメインに扱う電力会社に切り替えていましたが、できることなら太陽光や小水力、小風力、バイオマスなど、自分たちの身の丈でできる電力自給を目指したかったのです。

家づくりが少し落ち着いたころ、太陽光発電に長けている知人の高嶋さんに相談をしてみました。話を聞けば聞くほど、電力自給への近道は太陽光なのでは、と思え、オフグリッド * 生活の妄想が膨らみます。飯山市でも街中では太陽光パネルをつけている住宅を見かけるし、お隣の豪雪地、野沢温泉でも壁面にパネルを取り付けたりしているので、雪国でもできるのかな、と気軽に考えていました。トントン拍子に話は進み、つけてみましょうか!と動き出したのです。その時は、その先にいくつもの難関が待ち受けているなんて、思いもしませんでした。。続く。

*オフグリッド:電力会社などの送電系統につながっていない電力システム、あるいは太陽光発電等で電力を自給自足している状態のこと。

  • 尾日向梨沙

    1980年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、13年間、スキー専門誌『Ski』『POWDER SKI』(実業之日本社)などの編集を担当。2013年より同雑誌の編集長を務める。2015年、フリーランスとなりスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を写真家・渡辺洋一と共に創刊。2018年より藤沢市鵠沼の自宅を舞台に歴史的建造物と周辺の緑の保存活動を開始。2020年に、湘南から長野県飯山市に移住し、パートナーと共にハーフビルドでマイホームを建築。雪国でスキーを取り込んだライフスタイルを実践しつつ、同時に畑での野菜作りを行うなど、自然に寄り添った暮らしを目指す。2020年11月からは、太陽光発電&蓄電システムを取り入れ、できる限り電気を自給自足するこころみもスタート。長年スノースポーツに携わる中で実感してきた地球温暖化について向き合い、自分なりのソリューションを試行錯誤中。

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