Photo: Takanori Ota
初夏を迎えた長野県野沢温泉村。鮮やかな緑につつまれ、気持ちのいい陽気が続いています。「コンパスハウス」に太陽光発電システムが設置されて以降、四季を通じて取材を行い、美しい村の自然の移り変わりにも触れることができました。
さて、今回からは2回にわたり、このレポートの舞台である野沢温泉村の環境、風土について、改めてご紹介したいと思います。
そもそも、コンパスハウスのオーナー上野雄大さんが、豪雪地帯では難しいといわれている太陽光発電にあえて挑戦し、「壁面設置」という雪国仕様の工法でシステムを導入しようと思ったのは、「貴重な村の資源である“雪”を子どもたちの世代にまで残し、ふるさとの環境を守るため、温暖化防止に役立つことをしたい」という強い思いがあったからです。
温泉、野沢菜、スキー場などで知られる野沢温泉村ですが、そこにはどのような「環境」が息づいているのでしょうか。まずは温泉について、少し掘り下げてみます。
野沢温泉に訪れた人がまず驚かされるのは、その独特の温泉文化ではないでしょうか。村内には、温泉街を中心に多くの温泉旅館やホテルなどもありますが、それとは別に、古くからある外湯(共同浴場)が13カ所点在しています。旅行者も無料で利用できるとあって、外湯巡りは観光のハイライトとしても大人気。ですがそれは、本来、村の人の生活のためにある施設です。
奈良時代に開湯したといわれる歴史あるこの温泉は、長年、地域の人によって守られてきました。この村で温泉の所有権を持つのは、「野沢組」という住民自治組織です。そして13の外湯は、野沢組の各地域で作る「湯仲間」によって管理されてきました。地域の人が日常的に利用し、当番制で毎日の掃除が行われ、水道代や電気代、改修費用なども基本的に野沢組の会費や湯仲間の寄付金などで賄われます(一部村からの補助もあります)。
外湯の外観は一軒一軒異なっており、多くは湯屋建築といわれる、木造の風情のあるもの。いずれも街並みに溶け込むように建っており、まさに昔からずっとそこにあったという雰囲気です。
内部は、基本的には脱衣場と洗い場、そして湯船までが1つの空間に収まった、ごく小さくてシンプルな造り。湯船は1つ、場所によっては湯温が異なる2槽が並んでいるところもあります。シャワーなどはついていないので、体を洗う場合は湯船のお湯を汲んで使います。泉質は弱アルカリ性の硫黄泉。村内に約30カ所ある源泉から引かれたお湯が掛け流し状態となっており、いずれもかなり熱く、時に水でうめないと入れないほど。
このように、簡素ながらも、とにかくふんだんにお湯が流れる外湯に、地元の人たちが石けんやタオル持参で入りに行きます。旅行者はあくまでも、村の皆さんの日常使う場所をお借りするという感じでしょうか。もちろん、そこでのんびりと地元の方との交流ができるのも楽しみで、他の温泉地にはない、独特の風情が漂います。
※外湯は無料ですが、入り口にあるお賽銭箱に寄付ができます。
また、さらにユニークなものに、源泉のひとつ「麻釜(おがま)」の存在もあります。ここには90℃以上の温泉が湧出しており、大釜、丸釜、ゆで釜、竹のし釜、下釜という、5つの大きな湯だまりが作られています。これらは、地元の人が野菜や卵などを茹でたり、アケビ細工に使うツルを浸したりするためのもの。まるで村の台所のような使われ方をしています。こうした様子を見ても、温泉が村の生活に密着した存在であることがよくわかります。
※「麻釜」には、村外の人が入ることはできません。「麻釜」の近くには旅行者も利用可能な足湯があり、ここに温泉卵が茹でられる湯だまりもあります。
「ここでは温泉はあくまでも生活の一部という感じです。自分の地域の外湯を毎日のように使うという住民も多く、僕自身も、子どもと一緒にしょっちゅう利用しています。当たり前のようにある温泉ですが、自治体ではなく住民組織が所有して運営するというのはかなり特殊な形だと、大人になってから気付きました。村の人口が減ってきて、この湯仲間の仕組みもどこまで続けられるんだろう、という心配もありますが・・・。自分たちはとにかく代々受け継いできたものを、次の世代へと伝えていきたいと思っています」と、上野さん。村にとっての温泉の重要性をひしひしと感じているようです。
コンパスハウスでは、夏、Eバイクを含む自転車ツアーなども行っていますが、自然地帯をガイドする際、スタッフは、目の前に広がる風景の中で温泉ができるしくみなども紹介しているそうです。
「たとえば、自転車でブナ林をぬけているときなどに、自然とそんな話が出ますね。ブナの原生林が良質な水を蓄え、50年くらいかけて地下に浸透し、熱で温められたものが温泉となって湧き出している、と。また途中に湧き水もあるので、それを飲んで一休みしてもらうんですが、その美味しさに皆さん驚いてくれる。その水も、目の前に広がる風景の中で濾過されていることなども伝えると、長い時間の中で行われる自然のサイクルとか、大地のもつ力みたいなものを実感できるようで、より一層感動し、楽しんでもらえるようです」
野沢温泉村では、自然が作り出す温泉も、そして代々それを守ってきた「湯仲間」もずっと繰り返され、“循環”しているのでしょう。こうした自然や人の巡りによって、この村の特別な環境は維持されているのかもしれません。
次回は、野沢温泉村に長年伝わる伝統祭事の中でも、ひときわ大きな規模で行われる「道祖神祭り」について紹介します。国の重要無形民俗文化財にも指定されている、この壮大な火祭りは、もはや村の生活と切り離すことのできないもの。その文化を、村の環境のひとつとして取り上げてみたいと思います。
真冬にシステム定格の141%を記録
コンパスハウスでは、太陽光発電システムを導入して初めての冬も無事に終わり、春にかけても順調に発電。思った以上の発電成果を得ることができています。
とりわけ、真冬の発電状況は目を見張るものがありました。たとえば2月22日には1日の発電実績が過去最高の19.792kWhに。また2月26日の午後1時半頃過ぎには4.8kWと、システム定格3.5kWの141%を記録するなど、大変好調でした。
また、2月16日には面白いデータがとれました。下表のギザギザの発電状況を見ても分かるとおり、この日は太陽が雲に入ったり出たりを繰り返していました。それでも午後1時半頃には4.4kW(定格比129%)を記録。大きな発電量を出すには、パネル温度や周囲温度の低下が必要で、この日のように晴れ→日陰→晴れ・・・といったサイクルがあると、出力上昇が起こりやすくなるようです。また、雲自体が鏡やレンズのような役割を果たすことがあり、さらに出力が上がる、といったことが考察されます。
コンパスパウス COMPASS HOUSE とは
長野県野沢温泉村、株式会社ドリームシップが経営するスキー、スノーボード、サイクリング関連のプロショップ。2010年オープン。スノースポーツやマウンテンサイクリングのギア販売からレンタル、チューニング、さらにはガイドツアーや選手の指導・育成などを実施。野沢温泉スキー場の長坂エリアにある「マウントドック Mt’ Dock」、温泉街にある「コンパスビレッジ COMPASS village」も同社営業の系列ショップ。代表者は元フリースタイルスキーヤーとしてワールドカップなどでも活躍した上野雄大さん。3児の父親であり、野沢温泉村スキークラブの副会長、野沢温泉村観光協会理事も務める。また2021年には野沢温泉村の村議会議員となり、同村の経済産業副委員長としても活動中。 https://compasshouse.jp/Vol.1 村の財産は素晴しい自然資源。それを守るためにできることを
Vol.5 野沢温泉村に循環する自然・風土・文化~その2 道祖神祭り