Vol.17 編集者という仕事 信州の自然と本づくりの日々

Text & Photo: Lisa Obinata

夏の終わり頃から晩秋にかけて、編集の仕事が立て込んで、休む間もないような日々が続きました。仕事への向き合い方に変化はあれど、気づけば今年で編集者になって20年! 今回は、私の本業について、ご紹介してみたいと思います。

中学生くらいから、将来の夢は「雑誌編集者」でした。小学生の頃はテレビ雑誌、中高時代はティーン誌やファッション誌、大学時代は旅やグルメ、スポーツ、カルチャー誌など、さまざまな雑誌を購入しては、眺めるのが好きでした。就職活動の際には、大手出版社10社ほど受けましたが、あまりの競争率の高さと私の能力不足で、見事に全て落ちました(笑)。大学を卒業し、アルバイトを募集していたのが、全国のスキー場やキャンプ場のガイドブックを作る編集部で、子供の頃から家族でスキーやキャンプに出かけていた私にとって、またとない仕事だと飛びつきました。

22歳の頃、初めて手がけたゲレンデ案内。取材の仕方も知らぬまま『Ski』誌での初の大仕事はニセコ取材

全国450カ所くらいのスキー場に、リフト料金や施設情報などのアンケートをファックスや郵送で送り、回答をひたすら打ち込んで原稿を作るという地道な作業が、最初のお仕事。初代iMacにリフト1日券「さん、ぜん、ご、ひゃく」と打ち込むだけで、ああ、私が打ち込んだ文字が、そのうち本になって誰かが読んでくれるんだ!と感動したことを未だに覚えています。

ガイドブックを製作する編集部のすぐ隣には、スキー専門誌の編集部があり、私がスキーに関心があるというと、すぐにスキー専門誌の仕事も手伝わせてもらえることになりました。大好きなスキーに、仕事として携われるなんて!! 就職活動はうまくいかなかったけれども、結果的にずっとやりたかった「雑誌編集」と「スキー」という好きなもの同士を扱う職に就くことになり、どっぷりとのめり込んでいくようになります。

編集長までやらせてもらった各種スキー専門誌

20~30代は、とにかく仕事に明け暮れた毎日でした。9~12月をメインに数々のウインタースポーツ専門誌を発行していたため、夏~秋は怒涛の編集作業に追われ、冬~春は取材続きで雪山を転々とするというサイクル。締め切り前は徹夜が続き、何日も会社に泊まり込み、銀座の銭湯に通ったり、3食コンビニ弁当でしのいだり、といったひどい生活を送っていました。それでも、仕事には大きなやりがいを感じていました。

イタリアでの取材中のひとコマ。バックカントリーでの撮影も多く経験 Photo: Yoichi Watanabe

編集という仕事の面白さだけでなく、ベテランのスキーヤーやカメラマンについて、国内外あちこちを回るうちに、スキーの奥深い魅力を知るばかり。仕事抜きでも、11〜6月まで雪を追い求めてスキーを担ぎどこでも出かけ、それが生きがいのようになりました。(いつの間にか婚期も逃す笑)

取材で雪国の豊かな暮らしに触れる度に憧れは高まる Photo: Yoichi Watanabe

とはいえ、年を重ねていくうちに、ハードな仕事環境に加え、取材先で垣間見る雪国での穏やかな暮らしと自分の生活の差に、大きなギャップを感じるようになりました。特に、出版社時代の後半は、雪国の暮らしをテーマにした取材に関心が高まっていただけに、いつかは自分も都会ではなく雪山で自然と共存するような生活を送りたい、と憧れを抱くようになります。

2015年秋に『Stuben Magazine』を創刊。右から1号、2号、3号

いろいろ考えた末、2014年に退職し、2015年からはフリーランスの編集者として独立。と同時にスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を創刊しました。フリーランスになるということは、出版社などからの依頼仕事を中心に「書く」ことが多いのですが、もともと私はライター志望ではなく、イチから企画して「編集」をしたいという性分です。新人時代から、師匠のような存在だった写真家の渡辺洋一さんとタッグを組み、少部数でも自分たちが本当に伝えたい内容を盛り込んだ雑誌を作ろうと、新たな挑戦が始まりました。

スキーやスノーボードの専門誌は、30年程前の最盛期には20タイトル以上の定期刊行誌がありました。けれど『Stuben Magazine』を創刊した頃は、スノースポーツの人気低迷と出版不況に伴い、私の在籍していた出版社も、他社も、次から次へと休刊、廃刊をせざるを得ない状況でした。そんな中での新しいチャレンジ。紙媒体に代わりオンラインメディアが勢力を増す時代において、「紙ならではの価値」を考えました。

『Stuben Magazine』の印刷は北海道にて。写真家とアートディレクターによる印刷チェックまで行う Photo: Yoichi Watanabe

インクの香り、ページをめくる手触り、何度も見返しができ、飾っても楽しめる美しさを纏った「モノ」としての価値。外見の美しさを重要視するのはもちろんのこと、内面はさらに熟考し、「雪国からの発信」をひとつの軸に据えて、コンセプトを構築。

それまでの私は、スキーの総合誌を製作していたこともあり、最新のスキー用具や、全国のゲレンデ情報、滑走技術に選手の動向、国内外のスキーツアーなどなど、あらゆるジャンルを取材し、発信していました。広告収入も大切な要素で、クライアントありきで製作するタイアップ記事も多く、時には「こんな編集記事を作れば、あの企業が広告を入れてくれるかもしれない」と、広告を見込んで企画を考えることもありました。

北海道ニセコにある渡辺洋一ギャラリー兼編集室。自然に囲まれた空間で製作ミーティング Photo: Yoichi Watanabe

『Stuben Magazine』は、北海道ニセコの小さな編集室から送る、少部数本です。それまでの商業誌的な概念を排除し、有名スキーヤーや、クライアント、流行にはとらわれずに、後世に語り継いでいきたいグッドストーリーを集め、じっくりと編み込む本にしよう、と誕生しました。コンセプトに共感いただいた企業から協賛という形で製作費の一部を集めましたが、タイアップ記事はゼロ。日々スキーを滑ることから生まれるインスピレーションをもとに、スキーの歴史や文化、雪国の暮らし、日本の豊かな自然環境、海外のスノーカルチャーなどを主なテーマとして、1~2年に一度、現在6号目まで発行しています。

ニセコ編集室の屋根雪下ろしの手伝い。豪雪地での生活は体力も要される

3号目までは、私は神奈川に暮らしていたので、年に何度も北海道ニセコの編集室に通い、半分雪国の暮らしを体験しながら製作していました。東京の会社に寝泊まりしながらの本づくりとは違い、鳥のさえずりで目を覚まし、休憩時間は周辺の森を散策したり、自転車に乗ったり。ミーティングは庭で穏やかに。冬は朝一パウダースノーを1本滑ってからデスクワーク。モノづくりをする環境を整えることが、いかに大切か、多くを学びました。

2022年11月23日に発売した『Stuben Magazine 06』

そんな生活をついに自分も日常的に実現できるようになったのが3年前のこと。飯山に移住してからです。その1年目に発行した5号は、まだ半分は神奈川にいたので実感が薄かったけれど、先日発売した『Stuben Magazine 06』は、重要なセクションはニセコで、日常の編集作業は全て信州をベースに行いました。

自然に負担をかけない暮らしをイメージするようになったのも、スキーを通して豊かな自然に触れてきたから。気候変動を肌で感じたり、ヨーロッパの自然に配慮したリゾートの取り組みなどを本誌で取材していくうちに、自らの暮らしも見つめ直すようになったのです。太陽光発電を取り入れたのも、そうした経験の積み重ねの延長線上にある、ひとつの答えだと思います。

秋はほとんど外に出られず、ひたすら原稿書きや編集作業の日々。計画中の書斎の本棚作りも全く進まず Photo: Takanori Ota

時間をかけて、丁寧にじっくり、と言いつつも、締め切り前はどうしても慌ただしくなるのは編集者の性。書斎の窓から望む、最高の秋晴れの日も外に出られないもどかしさや、畑の野菜の世話を十分にする時間が取れないことなど、田舎暮らしとの両立の難しさを感じつつ、この秋は本づくりに没頭しました。

日課の愛猫ソーラーくんの散歩が唯一のリフレッシュタイム

今号では、お隣の野沢温泉村の歴史を辿る特集と、白馬エリアの自然環境と未来という記事をメインに担当。冬だけでなく、グリーンシーズンも何度も野沢温泉と白馬に通い、取材を繰り返し、信州暮らしの利点を活かすことのできた企画です。雪国の暮らしは、人と人の関係が都会よりもずっと濃厚。地域の行事や、助け合いの暮らし、外からの人を迎え入れる環境づくりなどなど、まだ移住3年目ですが自分も実体験していることで理解が深まり、都会と田舎の橋渡しのような立ち位置で、各地の事例をご紹介してみました。

本が完成してからも、関係者への発送作業、販売店へのご案内、納品、イベント開催、WEBの管理などなど、やることは尽きないのですが、誌面の中に登場する人々の素晴らしい活動を少しでも皆様に知っていただきたく、動くのみです! 

そうこうしているうちに、初雪の便り。一年で一番心高まる瞬間です。この冬も、スキーを履いて雪にまつわる物語を拾い集めていきたいと思います。

Stuben Magazine最新号の情報はこちらから。

  • 尾日向梨沙

    1980年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、13年間、スキー専門誌『Ski』『POWDER SKI』(実業之日本社)などの編集を担当。2013年より同雑誌の編集長を務める。2015年、フリーランスとなりスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を写真家・渡辺洋一と共に創刊。2018年より藤沢市鵠沼の自宅を舞台に歴史的建造物と周辺の緑の保存活動を開始。2020年に、湘南から長野県飯山市に移住し、パートナーのケンさんと共にハーフビルドでマイホームを建築。雪国でスキーを取り込んだライフスタイルを実践しつつ、同時に畑での野菜作りを行うなど、自然に寄り添った暮らしを目指す。2020年秋からは、太陽光発電&蓄電システムを取り入れ、できる限り電気を自給自足するこころみもスタート。長年スノースポーツに携わる中で実感してきた地球温暖化について向き合い、ケンさんと愛猫の空(ソーラー) くんと力を合わせ、自分なりのソリューションを試行錯誤中。

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