Text: Lisa Obinata Photo: Takanori Ota
ある3月の晴れた日。長野県小谷(おたり)村から友達夫婦の“ムティ”と“アリサ”が遊びに来て、近所の鍋倉山(なべくらやま)を登って滑ろうということになりました。
鍋倉山は我が家のリビングからも見える山で、長野県と新潟県を境する関田山脈の最高峰(1288m)。日本海側からの季節風による豪雪と、豊かなブナの原生林が残る場所として山スキー愛好者に慕われています。ここを滑るには山麓から数時間登ることになりますが、その価値のある山で、私たちも移住前から何度か滑りに訪れています。
ムティとアリサの普段の滑走エリアは白馬。ふたりもまた、雪山ライフに惹かれて都会から移住しました。ムティこと武藤和結樹は柔道整復師で、白馬乗鞍スキー場の麓で「Mt.CARE」という小さな施術所を営みながら、アリサと共に自然に寄り添った暮らしを送っています。
山の上部は木が生えず岩場や急峻な沢地形が連なる白馬の山々とは違い、鍋倉山は一面ブナに覆われた山。「鍋倉のブナの森を一度歩いてみたい!」前々からそう話していたムティのリクエストもあって、お天気と雪のコンディションとみんなのスケジュールを合わせて決行となったこの日。メンバーには、ふたりの愛犬ラブちゃんも加わりました。
この日は暑すぎず、寒すぎず、風も穏やかで最高のバックカントリースキー&スノーボード日和。私たちはスキーにシールという滑り止めをつけて、ムティとアリサはスノーボードを背負いスノーシューを履いて、だだっ広い雪原をおしゃべりしながら歩いたり、おやつ休憩をしたり、春ならではののんびりモードです。いつも白馬乗鞍のゲレンデで散歩しているというラブちゃんも、本格的なバックカントリーは初挑戦。私たちの近くを登ったり下ったりを繰り返し、激しい運動量で山頂までたどり着けるのか心配されつつも、初めての山を楽しんでいる様子。
ムティは、スノーボードを中心にサーフィンやスケートボードも巧みに乗りこなす横乗りラバー。登っている途中、ブナの影が雪面に美しい文様を映すナチュラルバンクを見つけると、ちょっと行ってきていいですか!と、ひとり足早に登り、リップジャンプ。意外とカチカチの雪に苦戦していたけれども、笑顔で登り返してきました。
登り口から山頂までは、ゆっくり登って約4時間。後半戦は、ブナの原生林に突入します。太い幹に滴るほど水分を蓄え、天へと大きく枝を広げる樹形は美しく、冬には桜の花のような樹氷を、春には新緑の芽吹き、秋には紅葉を楽しませてくれます。何十年、何百年と厳しい風雪に耐えてきたブナが山一面を覆う様は見事で、山頂を目指す足の疲れも忘れてしまうくらい、強いパワーが宿る場所なのです。
そんなブナ林を抜けると、一気に景色が広がります。心地よい風が吹き抜け、山頂も見えてきて、一同テンションアップ! ラブちゃんもペースを崩すことなく頑張っていました。犬と一緒に山を登ったのは私も初めてのことで、楽しさも倍増です。
太陽がてっぺんを通り過ぎるころ、全員揃って登頂! 山頂からは、360度の大パノラマが広がります。日本海と上越の街、佐渡島、妙高のスキー場に頸城三山、飯山盆地に野沢温泉、越後山脈。ずっと見ていられる絶景です。
真冬は登頂しても景色が見えなかったり、寒すぎて休憩もそこそこにすぐ滑降というパターンもあるけれど、春は山頂での時間も楽しみのひとつ。簡単な雪のテーブルを作り、ワインで乾杯(運転手だけノンアル)、飯山産コシヒカリの塩むすびと、隣のおばあお手製の漬物を頬張り、ハンドドリップコーヒーで締めました。
さあ、いよいよお楽しみの滑走! 雪は硬かったり、緩んでいたり、ミックスでやや難しいコンディションだったけれども、地形遊びやブナのツリーランを堪能。
ラブちゃんは、私たちの後を追って全速力で駆け下りては抜かし、また登り返してと、はしゃいでいましたが、さすがに終盤は疲れ切っていました笑。
下りはあっという間だけれども、スキー場で繰り返し滑るのとは違う、バックカントリーならではの達成感と充実感で、最後はこの笑顔!
帰宅してから、ムティとアリサに雪国飯山ソーラー発電所のシステムをご紹介。山を登っている間、強い日差しが降り注ぎ私たちの顔もこんがりさせた太陽は、我が家の電気もしっかりと作ってくれていたんだよ、と。実際、この日はこれまででベスト5に入るくらいの発電量を記録していました。自然を愛するふたりも環境問題への意識は高く、雪国での太陽光の可能性に興味を示してくれました。
昔は環境問題へ意識はあっても、友達と日常の会話として話題になることはまずなかったけれど、最近ではこうして自然と話題にあがり、エネルギーシフトを真剣に考えたり、温暖化防止のために個々でできることを語り合う機会が増えました。
スキーやスノーボードの仲間にとって、気づきの源は「自然の中で遊ぶこと」にあります。この日のように、リフトなど動力を使わずに自分の足で登り、豊かな自然に触れることで、この素晴らしい自然環境を守りたい、という気持ちが芽生えるのは当然のこと。気象変動を肌で感じることの多い私たちが少しでもアクションを起こすことは、大切なことだと感じます。
ちなみに鍋倉山は近年のバックカントリーブームで、ハイシーズンの休日は混雑することも多く、路上駐車により、麓の集落に迷惑をかけてしまうような事態も起きています。私たちはできるだけ休日は外したり、乗り合いで行くように心がけています。乗り合いなら、車利用によるCO2削減にも繋がります。そのうち春は自転車で通うようにできたらいいなとも思っています。
人に優しく、地球に優しく。スキーを通して自然の豊かさを知ることができたことに感謝し、自然環境に負荷の少ない選択を日々していけるよう、改めて心に決めた1日でした。
尾日向梨沙
1980年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、13年間、スキー専門誌『Ski』『POWDER SKI』(実業之日本社)などの編集を担当。2013年より同雑誌の編集長を務める。2015年、フリーランスとなりスノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を写真家・渡辺洋一と共に創刊。2018年より藤沢市鵠沼の自宅を舞台に歴史的建造物と周辺の緑の保存活動を開始。2020年に、湘南から長野県飯山市に移住し、パートナーのケンさんと共にハーフビルドでマイホームを建築。雪国でスキーを取り込んだライフスタイルを実践しつつ、同時に畑での野菜作りを行うなど、自然に寄り添った暮らしを目指す。2020年秋からは、太陽光発電&蓄電システムを取り入れ、できる限り電気を自給自足するこころみもスタート。長年スノースポーツに携わる中で実感してきた地球温暖化について向き合い、ケンさんと愛猫の空(ソーラー) くんと力を合わせ、自分なりのソリューションを試行錯誤中。Vol.21 4年目突入の太陽光生活と、深刻な雪不足に悩まされる2024年幕開け
Vol.11 野沢温泉でマウンテンバイク。秋の里山を駆け抜けて
Vol.3 積雪4mにも対応する突破口を見つけて、ついに太陽光発電システムの設置へ